閑話休題
講演を聴く
 私は講演を聞くことがとにかく好きである。契機は大学に入ったばかりの頃に聴講した全学特別講義である。大学では年に数回、各界の著名人を招いた講演があり1,2年次を対象とするものと3,4年次を対象とするものに分けて学生に強制的に聞かせていた。最初に聴いたのは後に文部大臣になった永井道雄氏(旧制高校の卒業生)で日本の社会階層間の移動の特徴、現代社会での主体的な生き方等を話されて深い感銘を受けた。これから私はこの種の講演を聴講することが気に入って3,4年次対象まで聴いていた。3,4年次対象の湊守篤氏の講演、とりわけ藤原弘達氏の講演はいわゆる55年体制が出来上がった時でもあり大変な人気で1学年400名足らずで全学でも1600名前後の小さな大学としては講堂は立錐の余地もないくらいの大盛況であった。2年からはこの制度はなくなり土曜講座とし講堂ではなく教室で開かれ出欠も自由になった。

 講演されたのは宇野弘蔵、向坂逸郎、大河内一男、大塚久雄、伊東光晴、大内力等の錚々たる碩学から新進気鋭の学者と大変なものであった。ただ当時、私の関心事はマックス・ウエ−バ−にあり、今、考えれば経済学というより文化人類学的な分野に興味があって亀井勝一郎「現代人の研究」、飯塚浩二「日本の思想風土」「日本の軍隊」、長谷川如是閑「日本的性格」等の雑学に精を出していた。そんなことで聴講したことは記憶にあるが講演の内容についてはあまり記憶にない。今でも思い出すのはどうしてもこうした興味のあった分野に関連したことである。たとえば近藤康男教授は日本の農業政策の分析から日本社会におけるいわゆる開明派と土着派について話された。重友毅教授は井原西鶴の文学の本質は好色物にあらず倹約力行を通して健全なる町人倫理を説いたことにあった話された。

 学外の講演会も新聞や岩波書店の小冊子「図書」等を見て聴講した。記憶に残っているのは美術評論家の河北倫明氏の講演で中国から伝わった墨絵が100年かけて大和絵に変貌する過程など日本における文化の受容過程という側面からとにかく面白かった。

 岩波の憲法問題講演会では我妻栄先生が日本の民法が独法や仏法の継ぎはぎで作り上げられて来たため体系が一貫していないという問題点を指摘され、その結果、法の理念があいまいとなっているということを話された。日本国憲法は文言の表現が英文直訳であったとしても問われるべきはその根本理念であり、日本国憲法は「平和の希求」という立場で一貫していることを指摘された。時代の変化もあろう。絶対に変わってはならないということでもないと思う。ただ問われるべきは法の理念というこの碩学の指摘が今なお重く私に問いかけている。

 今回思わぬ不注意で足を怪我し1週間ばかりの入院を余儀なくされた。この機会にと病院のベットでCD化されて最近刊行された小林秀雄の講演集第1巻「文学の雑感」、第2巻「信ずること考えること」、第3巻「本居宣長」、第4巻「現代思想について」、第5巻「随想2題本居宣長をめぐって」を何度も聴いた。司会者が「先生は「文芸批評家というより昭和を代表する思想家」と紹介されていたが成るほどと思った。私の教養が足りない所為かどうもよく理解できないところもあったがとにかく裨益するところ大であった。

 第1巻の「大和魂は女コトバ」から圧倒される。「この時(平安時代)日本の文学はすべて女の手に渡ったが、、こんなことは世界中にないことであり、日本の一番の代表作(源氏物語)は女が書いたのです。これを凌駕するものはいまだ出ないのです。それは(男が)大和魂(大和心)(今日一般に遣われている言葉とは違う)をなくしてしまったからであり、何故なくしたかといえばその理由はそれをなくすように学問をしなければならかったか)らであり、そんな風に学問せざるを得ないのが日本の宿命で、日本は何時も学問が外から押し寄せてきてそれと闘わなければならない国なのです。」(要約)。この書き言葉は漢文、話し言葉は大和言葉という分裂状態が文化に与えた影響は大変なものであったろう。小林秀雄は古事記は漢文に闘った日本文と表現している。中国から漢文を受け入れ学ばなければならなかったのであり文化の受容という大きな側面が窺がわれるのである。現在、国際化ということがさかんに言われて、小学生からの英語教育の必要性が説かれているが、こうした歴史を知れば如何なものか。よくよく心しなければと思う。講演は宣長はもとよりソクラテス、プラトン、カント、ベルグンソン、フロイト、ユング、賀茂真淵、中江藤樹、伊藤仁斎、荻生徂徠等々にふれられ学問論、歴史観を展開される。昭和を代表する思想家と紹介されたが本当にそうだと思った。ただ第5巻の最後を締める「現代を毒する「実用の理」」には私にはいささかの反論がある。先生は何度も何度も「実用の理」といってこれを難じられるが、しかし、「実用の理」といってこれを捨てることが出来るであろうか。こうした「実用の理」に立ち向かい、これを乗り越えることがそが現代社会の宿命ではないかと考えた。

 私が学生の頃学んだマックス・ウエ−バ−は「こういう現実に男らしく立ち向かえ」と若い人達を鼓舞したのだ。ここに人間が主体的にどう生きるということが重く問われているのではないかと痛切に感じた。

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