佐藤進先生
 佐藤進先生の財政学総論の期末試験が終わって教室を出てから、突然、父のことをあれこれ思い出した。というのは財政学総論の問題用紙はまるで高校の社会科(政治経済)の試験問題のようでした。B4版の用紙に小問がびっしりプリントされていて、その小問の中に「3公社5現業を書け」とあったからです。

 私の父はシベリヤ抑留から帰国後、旧制大学法学部の卒業証書(昭和13年卒業)で昭和24年に高校の社会科教員になりました。昭和33年になくなりましたが、戦後のどさくさで教員になり、なくなた時は北海道の高校の教頭職でした。
 普段は格別話はしないのですが家で酒を飲むと私を前に座らせていろいろと話をするのです。あるとき中学生の私に自分の出した試験問題を見せてどうだと言いました。B4版の用紙にただ一問「日本の専売制度を論ぜよ」とあったのです。中学生の私はその時、高校は中学とは一寸ちがっう位に単純におもったのです。大学の試験はおおむねこのように、5問くらいの問から1問選択して論述するのですが、佐藤先生の試験は違っていたのです。当時、日本評論社から出ていた学生向けの雑誌「経済ゼミナー」によれば東大法学部や経済学部の試験はだいたいが佐藤先生のスタイルのようでした。それにしても田舎の定時制高校(昼間)の社会科の試験問題が大学のようなスタイルを取っていたのですから吃驚します。

 私が教わった当時佐藤先生はヨーロッパ諸国の付加価値税を研究しておられたようで、学生にも配布される大学の論集にその研究論文が毎号載っていたのを思い出します。先生はその後、東大経済学部教授(財政学)遠藤湘吉教授の急逝の後、東大経済学部に戻られ財政学を担当されました。後年、大学を出てから通った東京経営計理学校で狩野勇先生(学習院大学教授)、中村忠先生(一橋大学教授)の知遇をうけましたが、私の卒業した大学を知った中村先生から「佐藤先生は秀才中の秀才です」と聞かされたときは驚きました。中村先生からは株式会社会計を教わりました。私は大学で商法を履修しましたが、教えられたのは西山忠範先生です。先生は東大大学院を出て専任講師として赴任してこられたばかりの新進の学者でした。前期は総則、商行為と駆け足で終わり、後期は先生の著書「株式会社における資本と利益」(先生の法学博士の学位論文)に基づく授業です。会計の基礎的な知識のない私は丸呑みのような状態で最低の成績で単位を取りました。大学を出てから会計の勉強を始め、中村先生の「株式会社会計」を読んで西山先生の授業を思い出したのです。この後、勤めた事務所の同僚の会計士のYさん(早稲田大学商学修士)から資本会計に関わる必読の文献と教えられました。現在、転換社債、優先株、劣後株、株式の分割、併合等の会計処理を巡る実質的な利害関係の分野が会社法の分野では主力のようです。
 とにかく、昔、北大予科の教授であった有島武郎が教材を選ぶのに心を砕き、学生が興味を持つJack LondonのThe Call of the Wild「野生の叫び」を選んだという話を読んだことがあります。こうした両極端な教育を体験した身としては複雑な思いがあります。とにかく教育は本当に難しい。(未完)

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