山からの短信

1998年の記録

175.1998/1/10〜11塔ノ岳

元旦に塔ノ岳で初日の出を見るべく除夜の鐘を聴いて家を出たが、登戸で電車がなくなる。最近は終夜運転はしないのだ。とにかく引き返した方がよい。逆戻りだ。おまけに武蔵小杉からはタクシーを利用しての帰宅となった。そんなことで98年の初山行きは今日の塔ノ岳だ。

176.1998/1/17水無林道 

木の又小屋から声が掛かって出かける。一番近い政次郎尾根から登るべく大倉から人影のない滝沢園を横切って水無林道に出る。雪が深くて龍神の泉あたりでもう悲鳴が出る。何とか頑張る。次第に雪が深くなる。膝まである。こうなるともう無理だ。作治小屋の手前から引き返す。雪というのは本当に恐ろしい。普通なら1時間で歩けるところが2時間以上もかかる。山の上ならば天候でも急変すれば命あってのものだ。 

177.1998/1/24〜25塔ノ岳

水無林道を歩く。雪はまだ残っているものの先週とは違って歩くのには差し支えない。 堅く締まっていて歩きやすい。稜線に出ると空は青空で雪の白さと見事なコントラストをなしている。相模湾がキラキラ光っている。これなら写真になる。

178.1998/4/5塔ノ岳

大倉バス停に到着すると見慣れた公衆トイレやらお店がない。一面整地中だ。これも今年は神奈川県が国体の開催県となるからである。この大倉一帯は山岳競技の会場となるのだ。 9時に歩き出す。いつものようにゆっくりゆっくりと歩く。このペ−スが大事なのだ。一定の歩調でゆっくり登る。これが山登りのコツと言えばコツだ。12時15分塔ノ岳山頂だ。 帰りは三の塔経由で白泉寺に立ち寄り桜を見て帰る。 

179.1998/4/11〜12塔ノ岳

今夜は尊仏山荘に泊まって小屋番のOさんに写真を教わろう。先週来たときは三脚も使って下さいと言っていた。いつも休憩だけでなのでたまには泊まって教えてもらうのもいいだろう。 

180.1998/5/2鷹ノ巣山、榧ノ木山&倉戸山

丹沢ばかり歩いているといささか食傷気味だ。しばらくぶりの奥多摩となるとなんだかとても新鮮に感じる。東日原から歩き出し、途中、稲村が岩を往復する。このコ−スはなかなか歩き出がある。帰りは倉戸山までのロングコ−スをくだる。 

181.1998/5/5第1回奥武蔵(伊豆ケ岳&子ノ権現)

東京近郊の山歩きといえば丹沢、奥多摩、奥武蔵といろいろある。夏になれば日光とか北アルプスとかを歩きたい。丹沢、奥多摩の山城は秋から早春が最適で、たいがい皆さんはここで足腰を鍛えてき北アルプス、南アルプス、中央アルプスと遠出をされるようだ。そんなことで奥武蔵もこの5月か6月の上旬までだ。このコースの見どころ、歩きどころは旧正丸峠から正丸峠、伊豆ガ岳の鎖場、子ノ権現だ。これに浅見茶屋の素うどんを加えたい。とにかく、当分、奥武蔵だ。 

182.1998/5/16第2回奥武蔵(横瀬二子山&武川岳)

同じシリ―ズだ。横瀬二子山、武川岳と歩き山伏峠に出る。今日の歩きではなんだかもの足らない。もう少し歩きたい。こうなると山伏峠から伊豆ガ岳経由で正丸だ。 

183.1998/5/23〜24塔ノ岳

久しぶりに丹沢だ。大倉尾根で塔の岳、木の又小屋に一泊してのんびりしようというわけだ。 

184.1998/6/8第3回奥武蔵(大持山、小持山&武甲山)

大持山から小持山、武甲山と歩く。武甲山は霧に煙りなにやら幻想的な光景を見せる。山頂から少し下に神社があり裏手から展望台に出る。前面は鉄柵があり鋼製のロ−プが張られている。この下が採掘現場だが霧で全部は見えない。霧で一部しか見えないのが幸いかもしれない。負け惜しみかもしれないが切開かれた現場をみるのも痛々しくてこれで充分だ。 

185.1998/6/20 第4回奥武蔵(蕨山&金比羅尾根)

帰宅してテレビを見ると土曜、日曜はお天気は持ちそうだ。久しぶりの貴重な梅雨の晴れ間だ。登り残した奥武蔵の蕨山に行こうと急遽用意する。今回の奥武蔵行きで奥武蔵シリーズは当分お預けだ。丹沢、奥多摩、奥武蔵は春、秋、冬の山だ。梅雨が明けたらとにかく遠出だ。 

186.1998/6/27〜28木ノ又小屋

木の又小屋で花のスライドショーがある。台風の影響で出席者はFさんと二人だ。せっかくスライドを用意して器材を準備した小屋の主と講師のTさんには申し訳ない。 

187.1998/7/4〜5日光表連山縦走(女峰山、大真名子山、小真名子山)

霧降高原から赤薙山、女峰山と歩き、山頂から少しくだったところにある唐沢避難小屋に泊る。翌日は小真名子山、大真名子山と歩き、山中で一緒になった方の好意に甘え志津乗越の林道から湯元温泉まで車に乗せていただく。お陰で温泉寺の薬師の湯でひと浴びすることが出来た。 

188.1998/7/18〜19至仏山&燧ヶ岳

鳩待峠から至仏山に登り、再開された登山道から尾瀬ヶ原の山の鼻に降りる。ここにテントを張る。翌日大きなザックを背負って尾瀬ヶ原を縦断する。木道を散策する軽装のハイか−と比べて無粋な話しだ。見晴新道を歩き燧ヶ岳に登る。尾瀬沼からの往復組で大変な賑わいだ。ここから尾瀬御池までは長いがこちらのほうが山道らしい。 

189.1998/7/30〜8/2剣岳&立山連峰

難所のカニのタテバイ付近が渋滞するとのことで剣山荘を3時20分に出発だ。懐中電灯で足元を照らしながら歩き出すと次第に明るくなる。カニのたてばい前後には誰もいない。壁に打ち込まれたボルトを頼りに登ってゆく。剣岳山頂はガスで展望はない。1時間近く待つとガスが途切れ出す。後立山連峰、立山三山がが墨絵のようにずらりと見え出す。一斉に歓声が上がるが、またガスが覆い出す。  一昨日のしとしと降る雨とは様変わりだ。風も強く心細さを感じる。富士ノ折立の標識を見た後、岩場で道を見失う。とにかく稜線から大きく外れないように注意して歩く。横殴りの雨でメガネがくもり先が見えない。ふっと顔を上げて前を見ると建物が有る。大汝休憩所だ。ふっと気持ちが緩む。ヤレヤレだ。 

190.1998/8/7〜8会津駒ヶ岳

浅草11時50分発の尾瀬夜行で出掛ける。檜枝岐村の会津駒ヶ岳登山口に6時に到着だ。早々に歩きだす。晴れていたが水場の辺りでしとしとと雨が振り出す。山頂近くにある駒ノ小屋は雨を避けて食事をする人で一杯だ。山頂に行き雨の中を中門岳まで往復する。泊りも予約がなければだめとのことで早々に下山だ。途中から晴れ間が出る。檜枝岐村公営の駒ノ湯でひと浴びする。 

191.1998/9/11〜12 戸隠山&高妻山

長野県警のホ−ムペ−ジに信州山あるきマップというサイトがある。機動隊副隊長の中島警部の手になるイラスト入りのガイド記事でなかなかのものだ。この中で戸隠山の蟻の刃渡り、剣の刃渡りが紹介されているがこれに惹かれて出掛ける。ただそうは云っても本命は百名山の高妻山だ。 

192.1998/9/19〜20塔ノ岳

烏尾山荘は新茅山荘の手前にある林道から入ったところにある道をボッカ道として利用しているという。これは確かめなければならない。木の又小屋に泊った帰り道取り付く口を見による。この後、牛首経由で下山する。林道を歩いてまた山道だ。 

193.1998/9/26塔ノ岳

 新茅山荘の手前にある林道を歩き、先週、確かめた橋の所から山道に取り付く。緩やかに山の斜面を折り返し折り返し登ってゆく。やがて登山道に出会う。なるほどこれならボッカ道として使われるわけだ。これで丹沢のボッカ道の調査は完了だ。早速、原稿をまとめて新ハイキング誌に送る。

194.1998/10/3〜4上州武尊山 

前日、旭避難小屋に泊まり、翌朝、武尊山への代表的な川場尾根を登る。しかし、このコ−スは登る人が少ない。車道、林道ができると利用される登山道もスッカリ変わってしまう。 

195.1998/10/10〜11庚申山&皇海山

皇海山は百名山でも名だたるロングコ−スを余儀なくされる山だ。山中に一泊しなければとても無理だ。庚申山荘に泊り、翌朝、くらいうちに福島から来られたというKさんと小屋を出る。庚申山は滝沢馬琴の南総里見八犬伝の舞台のひとつだ。歩き出せばそれらしき奇岩巨岩ありで楽しい。道もアップダウンあり、鎖場ありと大変だ。帰途は六林班峠を廻ったので4時近くとなり庚申山荘にさらに一泊する。この大きな山荘に今夜泊るのは今日一日一緒に歩いたKさんと明日皇海山に登られるという方と3人だ。おもいおもいの食事の後3人で四方山話だ。

196.1998/10/31〜11/3雲取山雁坂峠縦走

連休を利用して鴨沢から雲取山に登り雲取山避難小屋に泊る。翌日お隣に寝ていたMさんと雲取山から奥秩父縦走路を歩きだす。雁峠小屋(避難小屋)に泊る。翌日、雁坂峠から西沢におりる。 雁坂トンネルが出来ている。これで交通量や経路も大幅に変化するのであろう。山もアプロ―チが変化するのかもしれない。 

197.1998/11/8塔ノ岳

大倉尾根で塔の岳、表尾根から書策新道と廻るいつもの周回コ−スだ。 

198.1998/11/14笙ノ岩山&蕎麦粒山

川乗橋でバスを降りる。大勢降りるが皆さん川乗山のようだ。すぐに林道の左手から鳥屋戸尾根に取り付く。ここを登るのは私一人のようだ。何人かの人が不審気な顔で見ている。蕎麦粒山からは仙元峠に出る。仙元尾根をたどり大日堂に降りる。ここからは長い車道歩きだ。 バス停の山掴(やまつかみ)、寄国土(いずくど)など難解な地名にとまどう。ドライブを楽しむ車の多いのには驚くばかりだ。山村の組曲「秩父の隠れ里」(岡田喜秋著「山村を歩く」)などというのは遠い昔の話のようだ。とうとう秩父鉄道浦山口駅まで歩いた。 

199.1998/12/6塔ノ岳&鍋割山

政次郎尾根で塔の岳、鍋割山、大倉と廻る定番の周遊コ−スだ。 

200.1198/12/12〜13雲取山&長沢背稜

東日原から林道に入る。この林道からは天祖山、雲取山(唐松谷、富田新道、大ダウ)と登山道がある。今日はこの大ダウコースから雲取山荘だ。八丁橋手前で工事が行われている。一帯は東京都の水源林だ。それにしても林業施業地はどこにあるのだろうか。何のために山襞を削り、林道を造るのか。このあたりは過去に造った林道の補修工事だ。山襞を削ればどうしても崩壊が続く。何のためにこんな工事が必要なのか疑問に思う。3時間も人影のない林道を歩くとついついこんなことを考える。 

201.1998/12/19〜20塔ノ岳

戸沢から久しぶりに天神尾根経由で大倉尾根に出る。尊仏山荘で一休みをしていると花立さんが隣に来られて話だ。4,5年前まではユーシン側からボッカをしていたそうだが交通渋滞や林道の崩壊で出られなくなったりで、現在ではボッカは天神尾根だそうだ。

202.1998/12/29〜30檜洞丸、蛭ケ岳、丹沢山&塔ノ岳

ツツジ新道で年配の3人組に会う。おやおやHさんではないか。青が岳山荘でよくお会いする写真のプロだ。なんでも今日は臨時の小屋番を頼まれたそうだ。山頂は霧氷に覆われて見事な光景を見せる。この後、4人で霧氷の写真を撮る。夕食は鍋のご馳走になる。食後は4人で山の歌を次から次ぎ歌う。皆さんは古くからの山友達のようでうらやましい限りだ。朝食までご馳走になり気持ちも豊かに出発だ。



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