★ 危機下の「財界総理」と題する榊原定征経団連会長へのインタビュー記事を読む(聞き手 編集委員・駒野剛)(2016年10月7日)
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 ――いまの日本の社会や経済の現状を、どうみていますか。

 「問題を放置して安住したら、大変な道を歩む危機的な状況です。次の世代に、こういう社会を引き継いではなりません。会長就任以降の私は、すべてその認識に基づいて行動してきました」

 ――危機感は、政治家や国民と共有できているのですか。

 「06年以降の日本の首相は6年間で6人、様々な成長戦略を掲げられた。作成する、辞める、作成する、辞める、の繰り返し。その結果がGDPがまったく増えない社会です。この有り様を、国民が、政治が、あるいは経済人が、まずきちっと認識すべきです」


 ――安倍晋三首相の宿願は、私は憲法改正だと思います。実現には相当の政治的精力が必要な難題です。危機下にあって、政策実行の優先順位をどう考えますか。

 「戦後すぐにできた憲法を時代に即したものに変えていく必要性は、一般論としてはその通りです。とかく憲法9条が注目されがちですが、教育や防災などの分野は改正は必要と考えます。ただ、経済界からすると、優先順位は憲法ではなく、経済再生であり、社会保障改革であり、構造改革。首相にはいつも『経済最優先』と申し上げ、首相も繰り返し言及されてきた。脇目もふらずにやって欲しい、それが正直なところです」

 ――首相と直接、この優先順位の話はしたのですか。

 「さすがに『憲法改正の議論はやめてください』とは言っていません。でも、どこまで直接的な表現を使うかは別にして、必要なときは言います。憲法審査会で議論するのはいいと思いますが、大事な国会の審議がそちらに割かれ、経済や構造改革、社会保障制度改革の議論が遅れることはあってはならない。経済は国の礎。まず経済をよくしなければなりません」

 ――経済が脇に置かれると、榊原さんの持論の「政治と経済の車の両輪」も狂ってしまう、と。

 「おっしゃる通り。『憲法は後にしたってよろしい』と言うくらいのつもりです。経済界としては、このような経済、社会保障、財政の状況にある時期ですから、まさに『経済最優先』の主張を強く発信するところだと思います」


 ――消費税の増税再延期の首相の判断に理解を示されましたね。

 「違います。私はあらゆる機会をとらえ、『消費税率10%への引き上げは法律通りの実行を』と主張してきた。『8%に引き上がって以降、回復していない個人消費を喚起し、日本経済の本来の力を引き出すためにも、財政出動でしっかり対策を打ってほしい』とも言ってきた。今回、世界経済全体に下ぶれリスクがあると見た首相が、主要7カ国(G7)首脳会議の議長として下された重い政治決断を、私は『尊重します』と言った。理解するとは言ってません」

 ――政権に近すぎませんか。

 「一般的には、政治と経済は一定の距離を置き、互いに切磋琢磨(せっさたくま)し合う関係が望ましい。ときには政府の批判をしたっていい。でも、危機のいまは責任ある姿とは言えません。日本丸という船が暴風雨のなかを漂流しているときに船長と機関長がけんかし、互いを批判し合う暇はない。一致協力して、きっちり船を目的地まで着かせないといけない。オールジャパンで難題に取り組む時期です」


 ――限界や副作用も指摘されている安倍政権の経済政策「アベノミクス」を、手放しで評価する段階はもう過ぎたでしょう。

 「アベノミクスで、国民所得、税収、雇用の指標も大きく改善しました。最初の3年間は大きな成果を上げたと評価しますが、その後は十分な形になっていないのは確かです。個人消費は増えず、GDPも首相がめざした2%、3%成長は達成できていない。企業側も設備投資や研究開発投資を増やし、賃上げもしてきた。けれど、賃上げ分も社会保険料や税金で減殺され、将来不安や非正規の労働者の増加もあり、なかなか消費に回らない。構造的な問題を、十分に踏み越えていないのではないか。成長戦略のあり方を見直す必要がある。官民それぞれで再検討を、と私は提案しています」


 ――危機との認識がある社会保障では、何を提言しますか。

 「社会保障制度は、いまのままでは持続できません。所得のある75歳以上の医療費の自己負担は1割でなく、2割、3割に増やしていただく。医療機関で診察を受けた人は、一定額をさらに負担する。ジェネリック(後発医薬品)の利用を増やす。いずれも医療費増加の抑制につながりますが、それこそ夜討ちに遭うかもしれない覚悟で取り組まなければならない。手厚い医療で2年、3年と延命できる終末医療も生命の尊厳にかかわる難しい問題ですが、国民全体で考えなければなりません。幸い、安倍政権は国民からの高い支持がある。痛みを伴う改革ができるだけの強固な政権基盤があります。ある意味、かつての行政改革より、もっと重要な改革です」


 ――社会に夢や志を指し示せなくなれば、経団連の存在意義はないのではありませんか。

 「経団連は、日本社会の改革の旗手であるべきだとの自覚を持っています。何もしなければ、後世の歴史家から指弾されます。国の将来を見越した国家政策をきっちり提言し、実現するために行動して日本に活力を取り戻し、次の世代へと引き継ぐ。これができれば、存在価値は社会から認めていただけると思います」

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 今朝、この記事を読んだときちょっと驚いた。憲法の改正論議より経済や構造改革、社会保障制度改革の論議が優先するという意見、「消費税の増税再延期の首相の判断に理解を示されましたね。」という問に「違います。私はあらゆる機会をとらえ、『消費税率10%への引き上げは法律通りの実行を』と主張してきた。」という意見等々、私のような金もない、地位もない、一市井の老人がこのインタビュー記事を読んでさすが経済界の指導者ともなると違うものだなどと書くと笑止千万と笑われそうだ。それでも経済学を学び、多少とも日本の近現代史に関心を持ってきた人間としては、こうして朝日を購読されていない皆さんに紹介することも全くの無意味というわけでもなかろうと考える。
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