山 紀 行
笙ノ岩山&蕎麦粒山
「仙元峠は、峠とはいっても、東京と埼玉の境をなす稜線上の峰頭(標高1444b)で、大きな古木の下に祠が祀られている。峠には日原〜滝入ノ頭〜一杯水からの道と秩父側浦山からの道が上がってくる。この日原〜仙元峠〜浦山と続く道は、かっては奥多摩と秩父の奥地を結ぶ交通路だった。いわゆる昔の日原街道である。」
「大町桂月は大正10年、案内人を伴い、朝に三峯を出発し、雲取山を縦走して鴨沢へくだり、さらに小河内鉱泉まで歩いている。9里半、休息が多かったので14時間かかったそうだが、平地ならともかく、40キロ近い山道を一日ではとても歩けない。さらに驚いたことはその案内人が翌朝7時に小河内を出て、午後3時には三峯へ戻っているとも書いてあることだ。8時間大変な脚力だ。」(津波克明著「奥多摩・秩父100の山と峠」けやき出版)

立川駅のホームに出ると御岳行きが発車するところだ。あわてて乗り込む。次の奥多摩行きに乗るよりすいていて良い。御岳駅で奥多摩行きの電車を待つ間に、お手洗いを済ませる。この後、ホームで奥多摩行きを待つ。案の定、やってきた奥多摩行きの電車は満員だ。奥多摩駅では臨時バスが待っている。このバスも満員となる。川乗橋でバスを降りる。大勢降りるが皆さん川乗山のようだ。2分も歩けば左手の杉の木の枝に笙ノ岩山登山口の標識を見る。ここを登るのは私一人のようだ。何人かの人が不審気な顔で見ている。ここからジグザクに登って行くと鳥屋戸尾根だ。ゆるやかに登って平場となり、また緩やかに登る。東南に壁のように尾根が走っている。ここの斜面を登ると平場だ。北に歩くと今度は緩やかな登りだ。道が二手に分かれ左は笹に覆われている。少し笹をかき分けて山頂に出る。ここが笙ノ岩山の山頂だ。手作りの山名標識板がある。「笙」の音読み「しょう」は「小」ではないかという山名考証がある。尾根出発点の北に聳える「蕎麦粒山」を「大」と見立ての話しだが。ここから見上げると成る程と思われる。小休止の後、速やかに出発だ。右手が開けて川乗山から本仁田山にかけて見事な山容を見せる。露出を変え6枚撮る。この後は緩やかに登って、くだる。そんな繰り返しだ。
 小さなピークを乗り越すと縦走路に出る。左に向かうと仙元峠、右に向かうと川乗山だ。直進をして斜面を登ると蕎麦粒山山頂だ。4,5人先着の人がいる。ヨコズス尾根経由で登ってきたのだろうか。どこから登ってきたのか尋ねられて、鳥屋戸尾根を登ってきたことを話すとびっくりした顔をしている。鳥屋戸尾根はしっかりした道があるが地図に道の記載がないので登る人は少ないようだ。登山者がどんどん到着する。休憩も充分に取ったのでいよいよ今日の本題の仙元峠に向かう。笹の被った道をひとしきりくだると縦走路に出る。ここからまた笹の被った道を15分も登ると仙元峠だ。小さな石の祠がひっそりと鎮座している。さあ、いよいよ仙元尾根だ。
 東面が開けて有間山の稜線が屏風のように見える。仙元尾根と平行して送電線が走っているので写真を撮るには邪魔だ。くだるにつれて東側の山腹に植林地が広がる。焚き火厳禁等注意を書いた「明治神宮」の掲示板を見る。東面一帯の植林地は「明治神宮」の私有地のようだ。道を見失う。尾根の頭を外さないように歩けば間違いなかろうと直進する。しかし、どうも様子がおかしい。東電鉄塔が見あたらない。引き返す。ここが肝心だ。なあにいよいよになればパーカーを着て、さらに雨具を上から着る。付近にあるかれ枝を集めてたき火をすれば一晩ビバークをしても死ぬことはあるまい。こう決心すれば心が落ち着く。とにかく道に迷った時は絶対に沢にくだらない。尾根にのぼる。これが鉄則だ。元の場所に戻ってから踏み跡を探す。右手の支尾根を少し下ると鉄塔秩父線56号だ。今度は57号への道が分からない。絶対に沢にくだらない。尾根にのぼる。とまたひとり言い聞かす。山腹に沿っての踏みあとを見る。ヤレヤレだ。次は57号だ。さらに58号だ。こうなると先ほどの悲壮な決心など嘘のようだ。前方に59号が見えるが、道はこの手前から下る。くだると黄色い標識があり、見上げると59号が見える。こうなると足も速くなる。ジグザグに切られた道をどんどんおりる。大日堂だ。あたりに人影はない。車道を歩いて金倉橋バス停に2時40分に到着だ。バスの時刻表を見ると5時7分だ。2時間以上もある。こうなると歩け。歩けだ。バス停毎に小休止だ。バス停の山掴(やまつかみ)、寄国土(いずくど)など難解な地名にとまどう。ドライブを楽しむ車の多いのには驚くばかりだ。岡田喜秋著「山村を歩く」(河出文庫)にある山村の組曲「秩父の隠れ里」などというのは遠い昔の話のようだ。狭かった川幅が次第に広くなり、湖となる。やがて浦山ダムだ。道が下るにつれてダムが城壁のように見える。あたりが暗くなる。こういう里に下りてからが道がわからなくて往生する。とにか左手の道を歩く。明かりが見える。数軒の人家の前に出る。車の所にいた男性に尋ねるとこの先の左手が駅だという。秩父鉄道浦山口駅だ。時刻は5時5分だ。何人かの登山者の姿が見える。時刻表を見ると熊谷行きには5時30分だ。ホームのベンチで残っているパンを食べる。あたりは真っ暗だ。電車がくるが満員だ。ところが次の駅でかなりの乗客が反対側のホームに停車中の電車に乗り換えるではないか。熊谷羽生方面行きだ。乗っている電車は西武池袋行きの直通電車だ。7時15分池袋に帰り着く。

戻る