山 紀 行
谷川岳小縦走
第1日目

 切符を買っていないので早めに家を出る。蒲田駅の緑の窓口で上野発7時10分の新特急谷川1号の切符を申し込む。駅員が端末のデスプレーを叩いて空席が一つ出ましたと言う。得をした気になって直に申し込む。落ち着いて考えると別に指定席でなくてもよかったのだ。ただ500円前後の料金で確実に坐れるとなると別に言うこともない。この切符売り場で何人かの登山者を見かける。上野駅では登山者が多いのには驚く。駅弁を買って列車に乗り込む。私の席は団体席の一つが空いた席のようで、お弁当が配られたり、とにかく場違いな感じだ。発車して間もなく幹事さんが挨拶だ。話しを聞くともなしに聞いているとこの人達もロープウエイで天神平に登り散策し、夕刻、谷川温泉に宿泊するようだ。沼田駅では登山者が大勢降りる。ホームを先を急いで改札に向かうのが窓から見える。何処に行くのだろうか。尾瀬とか奥日光か。水上駅に到着する。谷川岳ロープウエイ駅行きのバス停に急いで向かう。長蛇の列でバスはもう坐れない。臨時バスが出るのだが立ってでも早く行きたい。谷川岳ロープウエイ駅は観光バスや自家用車で来た人達でいっぱいだ。切符を買うと駅員はザックを一瞥して荷物料金が必要だという。水のことを尋ねると上に水道がありますとのことだ。本当は西黒尾根を登り山頂に行きたいのだが、前日に一泊でもしなければ時間的に無理だ。ロ−プウエイを利用すると同乗者の視線が気にかかり小さくなっている。歩けば山頂まで4時間10分、天神平まで2時間前後か。10分もかからないで登れるのだから楽なものだ。眼下の景色を楽しむがもう天神平駅だ。天神平駅におりて身仕度をする。ロッジの横にある水道から水を頂く。ロープウエイの正面に白毛門がすっきりと姿を見せている。変わった名前だと思う。山の名前は大体が山、岳、丸、森が多い。この変わった山名は山頂直下にジジ岩、ババ岩となずけられた岩があることで付けられた名前だそうだ。歩き出す。ここも木曽駒ケ岳と同じでロープウエイで簡単に来れるだけで運動靴でどんどん登ってくる。山頂まで2時間30分の標識を見ると気楽に考えているのかもしれない。雨具を持っているのだろうか。人事乍ら気にかかる。やがて森林限界に出る。みているとこのあたりから引き返す人もいる。北には谷川岳の山頂が見える。谷川岳はトマの耳、オキの耳の双耳峰だ。その特徴のある双耳峰が少し重なって見える。熊穴沢避難小屋が建て直し中だ。覗いて見ると大工さんが一人で作業中だ。今年の冬には利用出来るようになるのだろうか。しかし、この稜線は人が多い。このあたりからは双耳峰が重なって見える。万太郎山が見事な山容を見せる。この稜線も何時か歩いて見たい。写真を何枚か撮る。賑やかな声が聞こえる。顔を上げると森邦宏さんが女性に囲まれて話中だ。小柄な人だ。胸には谷川岳1000回のゼッケンが見える。テレビで見ましたと声を掛けて通りすぎる。最近、「谷川岳毎日登頂1000回を目指して」というテレビのドキュメタリーを見たが、その森さんに偶然お目にかかれたのだ。あと48回で年内に達成しそうだと言う。登頂の回数も凄いと思うが、単に登頂回数だけではなく森さんが16、7ヶ所に設置された雨水の水質分析を通して環境問題に取り組んでおられることを知り尊敬をする。肩ノ小屋の横は長蛇の列だ。何事ならんとみれば二つのトイレに並んでいるのだ。我慢しきれない女性が男性は外でといっているのが聞こえる。無理ならぬ話しだが、山頂にこれだけ人がいれば男性といえどかなわぬ注文と言うものだ。小屋に入り食事だ。小屋に入ると広々とした空間に思わず天井を見上げる。集成材を利用した特徴のある梁が目に入る。左側が二段の蚕棚で30人位は充分寝れそうだ。壁側には備え付けの広いベンチが取り囲み大きなテーブルが4個置かれている。次回は西黒尾根から登って、ここに泊まり、万太郎山、平標山の稜線を歩きたいものだ。食事の後、山頂(トマの耳)に登り記念写真だ。この頃からガスが湧いて来て見通しが利かなくなる。茂倉岳に向けて出発だ。この方角に向かう人はいないようだ。オキの耳を過ぎたるあたりからは、時折、一ノ倉沢からあがって来たヘルメット姿の登山者と出合う。ガイドマップに一ノ倉側に落ちないように注意とある。覗いてみれば東側は切り立った壁だ。本当に暗くなったり、ガスが深くなったら危険な箇所だ。この東側の岩壁が魔の岩壁と呼ばれて沢山の岳人の命をのみ込んだのだ。西側を巻いて登り返したところにザックを置いて小休止だ。見上げるとかなりの高度がある。例により例の如く、1、2、3と百を数えて指を折る。この登りは千になる前にピークに出る。一ノ倉岳山頂だ。大きなドラム缶を2、3個合せた位の避難小屋がある。小屋と言うよりシェルターだ。これが本当の避難シェルターだ。吹雪にでもなればこの中に潜り込むと言うことだ。ドアも壊れていて非常時に利用するしかないだろうが、この中で寝るとなるととにかく寒そうだ。ここからはあまりアップダウンはない稜線だ。北側斜面にはガイドマップによれば7月中頃まで残雪があるそうだ。深いガスに覆われたなだらかな稜線を辿れば茂倉岳山頂だ。ガスで何も見えない。山頂の標識に避難小屋の文字を見る。正直なところほっとする。なだらかな斜面をくだる。北側は一面笹の原だ。茂倉岳避難小屋の屋根が見える。小屋に入ると先着が7人いる。小屋は新しく、お手洗は別棟だ。雪の重みを設計上考慮されているのであろうスペースの間には柱があり、随分、頑丈に造られている。おまけに小さなテーブルまで備えられている。早速、水場に行く。水量は細いが2ヶ所から冷たい水が出ている。小屋に戻る。やがて一組の若い夫婦が到着する。また一人到着だ。今夜ここに泊まるのは総勢11名だ。避難小屋に泊まった経験は2度あるがいつも一人でさびしい思いをしたが今日は賑やかそうだ。2人組のパーテイー、3人組のパーティーは賑やかに話しをしている。私は隣の人と一寸話しをするだけだ。残り物のおにぎりを味噌汁の中に入れておじやにして食べる。食事の後は早々にシュラフに潜り込みラジオを聞いている内に寝込んでしまう。

第2日目

 物音で目が覚める。向かい側の三人のパーテイーが起きていて食事の支度だ。お隣はまだ寝ている。相変わらず天候は悪そうだ。茂倉岳、武能岳と稜線を歩き蓬峠にくだる予定を変更して早々と土樽にくだることにする。決心すると急ぐこともあるまい。また一寝入りだ。うとうとしていると次第に小屋の中は賑やかになる。起き出して食事の支度だ。お湯を沸かしてコーヒーを入れる。クラッカーにコンデンスミルクをつけて食べる。いつものことだが朝は食欲が無い。歩き出してから食べても良いだろう。小屋を出るとガスが猛烈に吹き上げてくる。当初の予定は稜線を北にくだり、蓬峠から土樽に出るつもりだがこういう天候ではコースの変更が正解だと思う。山では無理は禁物だ。最初のくだりは足元だけを見て慎重に歩く。霧の中から3名が姿を現す。上の様子を聞かれる。振り返り見上げればガスに覆われて見通しは利かない。途中、ガスが途切れる。これから下ろうとする尾根の頭が見渡せる。フイルムが何枚か残っていることに気がつき、カメラを出す。ここで全部撮りきるつもりだ。写真を撮っていると1名登ってくる。  矢場ノ頭で小休止だ。ここまで来るともう余裕だ。丁度お腹も空いてくる。クラッカーを食べる。これは水を飲まなければとても喉を通らない。羊羹も食べる。これはなかなかうまい。お腹が一杯になると気持ちに余裕が出来る。ぐるりと四周を見渡す。稜線はガスの中だが、西から北、北東にかけては視界が開けてくる。北の方角に視線を少し下に落とすと特徴のある山並が見える。地図を見ると足拍子岳とある。墨絵のような雲の流れもなかなか見事だ。  ここからすこし下からは樹林帯だ。木の根の露出が多く歩きにくい。無心にくだる。くだるにつれて、時折、自動車の音が聞こえ出す。ここで最後の休憩だ。雨具をしまい、ザックを整理する。少しくだると登山口に出る。自動車が2台駐車しているが先程登って行った人達の車のようだ。自動車を利用すると元のところに戻らなければならない。縦走の方が気楽かもしれない。左手に関越建物が見え出す。蓬峠への道標を見る。人影の無い車道をひたすら歩く。車道から50段の階段をあがり関越道の下をくぐると土樽駅だ。先着の若い登山者2名が待っている。掲出されている時刻表を見ると上下各4本だ。12時28分の電車で水上駅に出る。急いで1番線のホームに廻り駅弁を買い高崎行きの電車に乗り込む。座席も確保でき弁当を食べる。高崎駅で上野行きに乗り換える。何度か乗り換えなければならないか各駅停車でのんびり帰るのも悪くはない。行きは急行を利用して帰りは各駅停車なら交通費も安く、谷川岳には来年何回か登れそうだ。


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