山 紀 行
甲斐駒ゲ岳・仙丈ガ岳
甲斐駒ケ岳、仙丈ケ岳は何れも深田久弥著「日本百名山」に挙げられている山だ。とりわけ甲斐駒ケ岳は日本10名山にも入る山と紹介されている。丹沢のどの山でも休憩していると甲斐駒、仙丈の名前が聞こえる。勲章のようなもので登らなければ肩身が狭いと言う訳だ。

「甲斐駒ケ岳は標高が2966mで、山体は花崗岩類からなる赤石山脈北端の高峰で、東面は尾白川・大武川、西には戸台川が流れる。山稜は北に鋸岳を経て諏訪湖に達し、北東に黒戸尾根、南東は鳳凰山へ続き、南西には北沢峠を経て仙丈ケ岳へと連なっている。」 

「仙丈ケ岳は標高が3033mで、山名は標高が1000丈あるからと言う説もあるが、頂上部のカールの広さ千畳より転じたとされるのが有力だ。四方に支尾根を分けた重厚、かつ女性的山容から「南アルプスのクイーン」と呼ばれる。頂上部には三つのカールが数えられ、底部には高山植物も多い。派生する尾根は、北に、馬の背といわれる尾根があり、三ツ石山を経て戸台に達し、西方には地蔵山を持ち、古来、信仰登山につかわれたという地蔵尾根、さらに地蔵尾根からは南に支尾根がのび、丸山・小瀬戸山を経て三峰川に至り、北東は北沢峠を隔て駒ケ岳へ、南は仙塩尾根、あるいは馬鹿尾根といわれ、伊那荒倉岳を経て三峰岳、さらに間ノ岳・塩見岳へと連なる。」( コンサイス山名辞典)

Y君の運転で中央道を順調に走る。甲府昭和ICで降りて、いよいよ芦安村に向かう。芦安村からは1車線強の林道を走る。時間が遅いせいか、林道は空いている。やがて夜叉神峠だ。少し広くなった道の両側にびっしり自動車が駐車している。夜叉神峠は鳳凰三山の出発点だ。周辺にはハイキングコースが幾つがあるが、そのうちこの近辺をゆっくり歩いて見たいものだ。長いトンネルを幾つか抜けると深い谷が現れる。これは北沢峠、さらに戸台の長谷村まで続くのだ。山襞を縫い深い渓谷を見下ろしながら車で走るのだ。あちらこちらに深い傷跡を見るにつけ痛ましさを感じる。この南アルプススパー林道の建設には自然保護の観点から、とかくの賛否があっただけに複雑な気持ちだ。出来てしまえばそれなりに利用するのだから人間のエゴを反省せざるをえない。8月に白峰三山を縦走する時、この近辺でバスの窓から見た北岳は陽に輝いてなにやら荘厳な感じがした。今日は雲が厚いのか、乗用車で視線が低いのか北岳は見えない。やがて広河原に到着する。マイカーはここまでしか入れないのだが、それでも車で来ると、とにかく楽だ。考える事は同じとみえて広い駐車場が一杯だ。ここに車を置いてアルペンプラザに向かう。大勢の登山者が行列をしている。芦安村営のマイクロバスは大型で、4台が一斉に北沢峠に向かう。成る程、4台が一緒に走れば狭い林道ですれ違う事もないということだ。若い女性のグループ4、5人が大きなザックを背負い歩いている。心強い限りだ。歩けば1時間半位か。バスに乗れば25分で北沢峠だ。バス停少し林道を戻り、尾根を一つ越えたあたりに沢が広く開けている。ここに古い歴史を誇る北沢長衛小屋があり、河原には色とりどりのテントが見える。テント場も大変な込みようだ。時間が早いが今日はここでゆっくりする予定だ。小屋で受付けをするが、小屋の主人は予約の有無を尋ね、何度も今夜は混んでいることを強調する。気のせいか歓迎されざる様子だ。多分、今日は登山者が多く、夕刻、遅く下山して来る宿泊者が多いのだろう。そんなことでこんな早い時間の宿泊客は追い帰そうという算段か。奥さんに今夜泊まる所に案内される。別棟だ。この別棟は昭和3年に建てられたとかで由緒ある小屋だ。この2階だ。ザックを2階に上げて寝る場所を確保すると、夕刻まで辺りをぶらつく。こんな時間もなかなかいいものだ。夕食は外で自炊だ。小屋の食事はカレーだ。冷たい水がゴムホースで引かれている。こんなことならアルファ米とレトルトカレーを持って来るんだった、と思う。

 3時30分を過ぎる頃か。夢うつつで時間はしかと分からない。何時ものことだが山小屋ではどうしてこんなに早いのだろう。窓の外を見るとヘッドランプをつけて登って行く。一眠りして5時半起きると部屋にはY君と二人だけだ。外でお湯を沸かし、紅茶に干しブドウを入れて飲む。なかなか乙な味だ。パンにママレードの朝食だ。6時30分出発だ。沢沿いにゆっくり登って行く。沢から少し斜面を登ると仙水小屋だ。シラビソの樹林帯を抜けると岩だらけの斜面が目の前に現れる。この岩だらけの斜面を巻くように登って行く。仙水峠だ。先行したかなりの人が休憩している。全国区の山ともなると若い人が多い。見上げると摩利支天が姿を見せる。栗沢山が目の前に聳え鳳凰三山へ連なる稜線が見える。その稜線の最後に地蔵岳のオベリスクが見える。摩利支天と地蔵岳のあいだに雲に霞んでいるが、奥秩父の山並みが見える。金峰山か、甲武信岳か。ここから樹林帯を登って行く。最初は急登だ。ここを抜けるまでが苦しい。潅木帯になると段々楽になる。駒津峰だ。沢山の人が休憩している。展望が一段と開け、甲斐駒ケ岳がその大きな山容を見せる。北沢峠から見上げた摩利支天が意外な事に小さなピークにしか見えない。ここからは厳しい尾根道歩きだ。登ったり降りたりの稜線を歩く。程なく鞍部の六方石だ。大きな岩が折り重なるように起立している。ここで小休止だ。甲斐駒に連なる稜線の先に鋸岳が姿を見せる。ここは巻き道コースと直登コースとの分岐だ。ここまでが山歩きなら、ここからは山登りだ。大きな岩を手と足で登って行く。すぐに大きな岩の壁に阻まれる。右に回ると本来の直登コースだ。気追い込んで早々と岩場に取り付いたようだ。中年の婦人が岩に足が掛からず苦労している。ここの岩場の急登を無事通過すると、花崗岩の崩れた滑り易い急な斜面だ。ここをジグザグに登って行く。いよいよ頂上だ。沢山の人が休憩している。北に八ツ岳連峰が見える。かって登った山はどこにいても目がいく。茅野から甲府盆地にかけては雲の下だ。黒戸尾根が延びる先は雲の下だ。鳳凰三山地蔵岳のオベリスクの特徴のある姿が印象的だ。頭に雲を被った富士山が顔を覗かせる。特徴ある三角錘の北岳も見える。日本第1位の富士山と第2位の北岳が並んでいる。連なる稜線の先は間ノ岳だ。8月に縦走しただけに目が直にその稜線に向かう。更に目を転じると正面には仙丈ケ岳の重厚な姿が見える。この甲斐駒の東側と摩利支天の間は切たった絶壁だ。黒戸尾根の途中に小さくテントが見える。この尾根を登って山頂までは2日掛かりの長い行程だ。ガイドブックに言う北沢峠からの道はダイジエスト版との評は肯ける。山頂からこの急峻を見ると納得だ。深い絶壁を隔てた反対側が摩利支天だ。花崗岩のざれた斜面を下り鞍部に降りてここにザックを置き摩利支天に登る。

広辞苑によれば、摩利支天とは「常にその形を隠し障難を除き、利益を与えるという天部。もとインドで、日月の光や陽炎を神格化したもので、日本では、武士の守り本尊とされた。護身・隠身・遠行・得財・勝利などを祈る。」と、ある。

この後、巻き道で六方石に戻る。駒津峰からの下山路は仙水峠と双児山への道を分けるが、出来るだけ新しい道を歩きたい。そんなことで双児山への尾根道を下る。見通しの良い稜線から、緩やかな斜面を下ると今度は登りだ。双児山では沢山の人が休憩している。ここからは樹林帯の長い下りだ。途中、不覚にも二度ほど足を滑らせ、尻餅を着く。若い女性の6、7人のグループを追い越したり、追い越されたりで下って行く。樹の枝越しに長衛荘の屋根が見え出す。北沢峠だ。明日は仙丈ケ岳に登る予定だ。そうするとこちらの方が便利なので今夜は宿替えだ。今夜は夕食付きで御願いする。Y君がパンばかりでは食べた気がしないと言う。本当に単調な食事では段々に食欲が無くなる。小屋の主に2階の寝る場所に案内される。宿泊者を全員2階に詰め込むので布団一枚に二人だ。熱気でむんむんしている。お隣は今村さんご夫婦だ。飯田に住んでおられ、娘さん二人が成人されたので、今年から山登りを再開されたと言う。いわば地元の人だ。奥さんが缶ビールを買ってこられ、ご馳走になる。地元の人で山登りをする人はいないそうだ。面白い事に山登りのきっかけは東京で働いていた時に職場の人に連れられて丹沢の塔ノ岳に登ったのが最初だと言う。食事の順番が来た。下で久し振りにご飯だ。しかも何故か御刺し身が出る。Y君は持参のふりかけを持ってきてご飯を何杯も食べる。おかずが足りないが、それでもつられて3杯も食べる。前の女性がじっと見ている。食事の後、小屋の外に居られた長衛荘の髭の主人に仙丈への登りコースを相談する。各コースの特徴を説明され、出来るだけ人が多いコースを登って下さいとのことだ。薮沢コースは時間が短いが、それだけ急登と言う訳だ。尾根コースは時間が長いか登りに取る場合は楽だと言う訳だ。登るコースはやはり尾根コースの方が展望が良さそうだ。2階に戻り、寝床に横になるがこれでは寝れそうにもない。お隣りの今村さんに水割りウイスキーを勧められ飲む。消灯だ。暗くなったのを良い事に通路近くに毛布を運び寝る場所を少し変えると先程飲んだビールと水割りのウイスキーのせいかぐっすりと寝込んでしまう。 3時頃か。もう何人か起きだして騒々しい。足を踏まれたり、落ち着いて寝ていられない。隅の壁側に移り一寝入りだ。

6時起き出すが、あまり食欲が湧かない。6時45分林道から尾根の巻き道に取り付く。2合目で登山道に合流する。登るに連れて樹の枝越しに北岳が姿を見せる。程なく3合目に到着する。先着の二人が朝食中だ。Y君の話しでは、今朝、出発前に山荘の前で写真を撮ってあげた人達だと言う。先に出発する。この時間になると下山者が多くなる。馬背ヒュッテに泊まり、仙丈に登頂した人達だ。皆さんの話しでは、布団1枚に4人の込みようであった由。長衛荘に宿泊した事が正解であったと思う。4合目で休憩していると高校生の11名のグループが到着する。入れ代わりにこちらは出発だ。斜面を登り尾根に出ると鳳凰三山、北岳がよく見える。ここが大滝の頭だ。ここから沢沿いの巻き道が薮沢小屋への道だ。ここから樹林帯を少し上がり、森林限界に出ると風が強い。やがて先程の二人組が登って来るが、ここから引き返すようだ。見上げると緩やかな長い登り道が見える。ここを登り稜線に出ると小仙丈ケ岳だ。ここからは稜線を歩く。馬背ユッテが見える。10時仙丈ケ岳だ。Y君の計算では標準のコースタイムより40分早く到着出来たようだ。山頂で展望を楽しむ。中央アルプスが雲海の上に姿を見せる。一番端に木曽御岳の特徴ある姿が見える。山頂でお湯を沸かし紅茶を飲む。こんな時間が一番楽しい。登山者同士の話しを聞いていると関西からの人が多いような感じだ。下山は往路を戻る。下山路は馬背経由の沢沿いを下る予定だったが、尾根コースの展望に惹かれ往路を戻る。小仙丈岳の山頂では4人のグループ(中年女性3名と若い男性1名)の写真を撮ってあげる。その後、こちらも写真を撮ってもらう。山で知らない人と話しをするのも楽しみだ。この後、正面に甲斐駒を見ながら下るのもいい気持ちだ。樹林帯の中に入ると思わず足が早くなる。中年女性と一緒に下る。途中で小用を催し急いで先行する。2合目の標識を見落とし、尾根をまっすぐに下ってしまう。下から賑やかな声が聞こえ出す。北沢峠だ。バスを待つ登山者の長い行列が目に入る。1時15分発のバスは間に合うだろうか。とにかく小屋に置いた荷物を取りに行く。次のバスまで無為に過ごすも悪くはないと思いながら戻る。戻って間もなくY君が中年女性と一緒に降りて来る。急ぐ訳でもないのだが、係りの人は座席に余裕があるこのバスに出来るだけ乗って欲しいと言う。ザックを詰め直す間もなく発車寸前のバスに乗り込む。この後、白根町の町営温泉に立ち寄り一浴する。風呂の中でも甲斐駒、仙丈に登ったと思わず顔がほころぶ。

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