丹沢主脈 鬼ケ岩から富士山遠望(2006/1/29撮影)
令和4年 年頭のご挨拶
             
             あけましておめでとうございます

 私は17歳の時、父を亡くしました。病院から父の遺体とともに帰宅したのですが気が張り詰めていたのでしょうか、泣くことはありませんでした。しかし、焼き場でお骨を拾い上げるとき不意にドット涙が出ました。この後、自宅で住職の読経を聴いたのですが「朝ニハ紅顔アリテ夕ニハ白骨トナレル身ナリ」の下りだけが記憶に残っています。後から考えるとこれが私の初めての宗教体験となりました。

 大学に入った4月、下校時に立ち寄った新宿の紀伊國屋書店でふっと手にした「マックス・ウェーバー―基督教的ヒューマニズムと現代 」(青山 秀夫岩波新書)が私の大学生活の出発点となりました。 この書を読んだことが大きな刺激となり岩波文庫本で「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 」,「職業としての学問」,「官僚制」等を夢中で読みふけりました。

 こういうプロテスタンテズムがアングロサクソン社会(アメリカ、イギリス)の根底を成しているのです。私の書こうとしている本題で注目したいのはプロテスタンテズムの倫理観が日本の武士階級の倫理観と似通っていることに気が付いたことです。

 だからこそ新島襄、内村鑑三達がキリスト教(プロテスタント)に入信しても大きな違和感はなかったと思います。内村鑑三が高崎藩の祐筆であっ父親に上海で出版された中国語訳の「マタイ書」を渡したところ一読してプロテスタントの何たるかを理解したといいます。私も学生の時キリスト教(プロテスタント)を意識しましたが、17歳の時の体験からでしょうが踏み切ることができませんでした。

 「創造の方法学」(高根正昭講談社現代新書)を読んだ折、浄土真宗について江戸中期の儒学者太宰春台が「さすが親鸞氏の教えし門徒衆」と言って、その生活態度を称賛したということです。そのほか、真宗門徒に関する二、三のエピソ−ドを読みました。そんなこともあって丹羽文雄の「親鸞」を読みました。42歳の時、腰痛の手術で3ヶ月近く入院生活を余儀なくされたとき、術後はただギブスの中で寝ているだけですから、この時とばかり丹羽文雄の「蓮如」13巻を読みました。

 蓮如上人は部屋住みの期間が長かったため本願寺八代住職を継職したとき40歳を超えていたのです。その長い期間の研鑽が何百通にもなる御文(御文章)に結実したのです。私が17歳の時聴いた「朝ニハ紅顔アリテ....」は「白骨の御文」といって蓮如上人が書かれたものです。

 ことの成り行きとしては「歎異抄」(岩波文庫)、「歎異抄講話」(暁烏敏講談社学術文庫)を読みました。浄土真宗とプロテスタントは宗教上は別としても倫理観においては類似点があることに気が付いたのです。

 腰痛手術後ののリハビリから山歩きを始めました。最初は夢中で奥多摩、丹沢という近場での山を登っていたのですが、段々、通いなれた丹沢山域で、しかも4時間近くの単調な大倉尾根を登ることなるのです。「戦艦大和の最期」(吉田満)カセットブック4巻(4時間)を購入しデジタル変換してパソコンに保管していたことを思い出しipodに取り込んで聴きながら登りました。これが大成功で、以後、この手で大倉尾根を登りました。聴くものがなくなるとこれもカセットテ−プ1巻の「歎異抄」(新潮社金内吉男アナ)をipodで何度も暗記するくらい聴きました。

 現在、youtubeでいろいろな方が「歎異抄」を朗読されています。中でも三国連太郎の朗読は出色です。今はまだ途中までですが「歎異抄講話」(暁烏敏)も聴くことができます。

 私はこうして浄土真宗にたどり着いたのですが、真宗は決して死後のための教えではないのです。逆説的ではありますが死が避けられないものであるが故に生きている時に如何に充実した生を全うするかが大事であるとしているのです。親鸞聖人が「ソレガシ閉眼セバ賀茂川ノ魚ノエ云々」と述べたということです。

 昨年、私は無事に傘寿を迎えることができました。この歳までよくぞ生きられたものだと感慨無量なものがあります。齢もあって本年から年賀状はご遠慮させて頂きましたのでHPのこの欄から新年のご挨拶をさせていただきます。昨年の年頭に書かせていただきましたように、この後、何年続けられるか分かりませんが、呆け対策としてHPに「私の生活と意見」を載せる予定です。本年も宜しお願い申し上げます。

白骨の御文
「夫 人間ノ浮生ナル相ヲツラツラ觀スルニ オホヨソハカナキモノハ コノ世ノ始中終 マホロシノコトクナル一期ナリ

サレハ イマタ万歳ノ人身ヲウケタリトイフ事ヲキカス 一生スキヤスシ イマニイタリテ タレカ百年ノ形躰ヲタモツヘキヤ 我ヤサキ 人ヤサキ ケフトモシラス アストモシラス ヲクレサキタツ人ハ モトノシツク スヱノ露ヨリモシケシトイヘリ

サレハ 朝ニハ紅顔アリテ夕ニハ白骨トナレル身ナリ ステニ无常ノ風キタリヌレハ スナハチフタツノマナコ タチマチニトチ ヒトツノイキ ナカクタエヌレハ 紅顔ムナシク變シテ 桃李ノヨソホヒヲウシナヒヌルトキハ 六親眷屬アツマリテナケキカナシメトモ 更ニソノ甲斐アルヘカラス

サテシモアルヘキ事ナラネハトテ 野外ニヲクリテ夜半ノケフリトナシハテヌレハ タヽ白骨ノミソノコレリ アハレトイフモ中々ヲロカナリ サレハ 人間ノハカナキ事ハ 老少不定ノサカヒナレハ タレノ人モハヤク後生ノ一大事ヲ心ニカケテ 阿彌陀佛ヲフカクタノミマイラセテ 念佛マウスヘキモノナリ アナカシコ アナカシコ」

                   令和4年元旦

柳瀬和之(やなせ かずゆき)(東京都大田区在住)
 yanase@taiyohdoh0net