第393回 山行報告 鎌倉アルプス(’14/8/2)
 高校時代の恩師児玉太刀男先生の作品展(油彩画と木版画)が8/2日から6日まで、鎌倉駅前の画廊で開かれるという事を知ったので出かけることにした。先生は病気療養中とのことでお目に掛かることは難しいようだ。このところさっぱり歩いていないので早めに出て鎌倉アルプスを歩き、2時頃作品展を見て、その後、横浜(スカイスパー)で一浴びして、6時蒲田である野球部後援会の集まりに参加するという欲張った事を考えた。

 鎌倉アルプは1992年に一度歩いている。10時10分北鎌倉から歩きだし、建長寺の境内を経て、半僧坊大権現から尾根道を歩いた。12時10分端泉寺に着いた。意外と尾根道は涼しく風が気持ちよかった。2時間位だが、歩きながらいろいろなことが考えた。

 丹沢の大倉尾根で遠藤周作の「日本が初めてヨーロッパと出会った頃」という講演を聴いたとき、児玉先生が、日本史の授業で脱線して日本とポルトガル、スペインの関わりを話したことを不意に思い出した。此の余のことは一切覚えていないのだ。その後、HPを担当しているとき阪本先生回顧展でのパーティーに出た時、児玉先生ご夫妻が来られたのだ。91歳とかで半世紀の時間を経てお会いできたのだ。とにかく驚いた。そのとき先生にこの話をしたら、「貴方はよく覚えておられる。あれは私の大学の卒業論文のテーマです。」とお褒めをいただいた。余計なことだが今回ご子息にお会いした機会に先生はどちらの大学のご出身ですかとお尋ねした。台北帝大ですとのことでした。

 ついでといってはなんだか、国語の時間に細窪 孝先生が若山牧水について、「40面してめそめそした感傷的な歌ばかり詠んでいる。現代短歌は石川啄木です」といわれたことが忘れられない。
 私と50年来一緒に仕事をしている同僚は宮崎県日向市出身です。彼は同郷の方々が作った牧水会の集まりに時々参加しています。私も一度誘われて牧水の都内の旧居を巡る上野から駒場の日本文学館までのウオークラリーに参加したことがあります。牧水のお孫さんが沼津から来られ挨拶をされました。

 若山牧水は宮崎県臼杵郡東郷村の出身です。現在は日向市に編入されています。延岡中学から早稲田大学英文科に進みました。牧水の自伝をNHKの朗読の時間に聞いて驚きました。
 牧水の祖父は武州川越の出で、江戸の薬種問屋で働き、川越に戻ったあと直ぐに長崎に向かい鳴滝のシーボルトの塾で医学を学びましたが、何故か川越にもどことなく日向に住み着いたそうです。
 若山牧水は酒と旅の歌人としてしられていますが、嵐山光三郎「追悼の文学」を読んで牧水が酒にはとても深い縁があったことを知りました。
 窪田空穂が君は何でそんなに酒を飲むのだと聞いたところ寂しいからだと答えたそうです。死の床で筆に酒を含ませて唇を湿らせたら、にこっとしたそうです。

 雪高での私の忘れらない先生は沢山おられますが、児玉先生と細窪先生はこのことで印象に残っています

(事務所で二、三の用事を片付けたらすることもなくついつい余計なことまで書いてしまいました。これも小人のなせる業とお許し下さい。)


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