第380回山行報告 塔の岳(’10/6/26〜27)
 10時30分大倉から歩き出した。土日は曇りとの予報であったが、パラパラと雨模様だ。たいした降りではない。ザックカバーに傘のいでたちで歩きだした。今日は「龍馬とその時代」(大石 学東京学芸大学教授全13回)だ。機器の調子が悪く5/4の第6回と5/11の第6回が録音ができなくてがっかりした。

 第1回は聴いているので第2回からだ。人影の少ない大倉尾根をただ下を見て登るだけだ。このラジオ講演でも聴かなければ多分登れれないだろうと思う。前回と同じで、山行の間隔があくとどうも調子が今一歩だ。見晴小屋、一本松、堀山の家、小草平と少し休んだだけで登ってきた。花立の階段も登り切った。花立山荘で食事だ。壁の時計を見ると丁度2時だ。大倉から3時間30分だ。調子が今一歩とはいっても格別のことはない。2時20分に小屋を出た。山頂に出るころ風が少し強くなった。丁度、表尾根を登ってきた4,5人のパーティーに出会ったので木ノ又小屋があいていたがどうかを聞いてみた。開いていましたとの返事でホッとした。尊仏山荘には立ち寄らず表尾根を下った。3時20分木ノ又小屋に着いた。小屋で雨と汗で濡れたシャッツを乾かしてのんびりとしていたら、中森さんが「鹿だ」と教えてくれた。木ノ又小屋に鹿が来ることは格別珍しいことではないが、生後2,3週間と思しい小鹿を伴うことは珍しいとのことだ。あわててカメラを持ってシャッターを押したが、雨で靄って残念ながら撮影できなかった。7時には床について第12回「龍馬暗殺」の残りと第13回「明治維新と龍馬伝説」を聴いた。この龍馬暗殺が維新史の大きな分岐点であったこと、また維新史の舞台裏を見ていた外国人の報告を知るにつれても変わらない日本社会の基底に触れた感じだ。それにしても土佐人から日本人へ国際人へと成長を遂げてゆく坂本龍馬は永遠に日本人の心をとらえて離さない人間なのだろう。

 6時30分目が覚めた。雨がシトシト降っている。時折、強い風が吹いている。食事の後、空模様を眺めていたが変わりそうもない。こうなると、こころをよむ「四国遍路を考える」(真鍋俊照四国大学教授)全13回)を聴きながら大倉尾根を下ることにした。

 「日本人が、数百年にわたって四国遍路に魅了され続けるのはなぜか?時を経ても人々が心のよりどころとする「何か」が、そこにあるからではないのか?「自分探し」、「癒しの旅」、「自信をリセットする」というような感覚で遍路に向かう人も増えている今、四国霊場第4番大日寺住職も務める真鍋氏が遍路の昔と今を比較しつつ、混沌とした現代にも息づく遍路の心を浮き彫りにする。」(NHK講演案内より引用)

 真鍋先生の講演を聴きながら大倉尾根をゆっくりゆっくり下りてきた。雨の日もまたよしだ。

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