第358回山行報告 塔の岳(07/6/2〜3)
  大倉の休憩舎でおにぎりを食べ、身支度をした。今日は朗読「野分」のハイライト部分を再度聴きながら登ろうとIpodを操作するも見つからない。通勤の途中、この漱石の「野分」を橋爪 功の朗読で聴いていてとても心に残った。小説といっても格別の筋立てがあるわけではないが、電車の中でさすが漱石先生だと一人で感心していた。そんなことで主人公の白井道也の神田世紀館での演説「現代の青年に告ぐ」の25回から28回の4回分をもう一度聴こうと思ったが見つからない。気ばっかりがあせる。容量が40ギガもあるので音楽、朗読、歌舞伎、講演と雑多なものが入っていて容易に見つからないのだ。仕方がない。「心を読む--悲しみと日本人」を選んで歩き出した。時計をちらりと見ると9時36分だ。
 雑事場の平、一本松、堀山の家、小草平とひたすら下を見て登ってきた。話はなかなか難しい。学際的なテ−マだけに西田幾多郎、九鬼周造、清沢満之、和辻哲郎、芭蕉、親鸞等の著作からの沢山の引用があり容易に理解できるような内容ではない。1時12分に花立山荘に着いた。7回目が終わるまでと小屋に入ってもひとしきり聴いていた。客は一人、閑散としている。トン汁を頼んで食事だ。花立山荘からは「カンカ−タ歎異抄」だ。馬の背であちらこちらにトウゴクミツバツツジを見る。ただガスにおおわれてどうもいい写真にはなりそうもない。風が冷たくて歩き易い。2時11分山頂に出た。尊仏山荘には立ち寄らず早々に木の又小屋に向かった。中森さんの話ではキュハ沢に延びている尾根にあるシロヤシオが今日あたりが最期かもしれないとのことで早速行って見た。見事に咲いている。ただ陽が翳っている上、ガスも流れて、写真となると明朝だ。木の又新道もミツバツツジが何本も満開だ。とにかく明朝が楽しみだ。夜は常連のNさんと四方山話で楽しいひとときを過ごした。
 翌朝は5時過ぎに目がさめた。快晴だ。昨日検分したシロヤシオを撮るべく尾根を下った。この後、食事をして塔の岳に向かった。次第にガスが流れてくる。起きた時あんなに晴れていたのにと一寸残念だ。負け惜しみではないがガスの中の彩りも悪くはないと思う。尊仏山荘の前で大きな三脚を抱えて戻ってきた大野さんに会う。挨拶もそこそこに「不動の清水」に下った。斜面のあちらこちらにミツバツツジの彩を見る。顔を洗い、さっぱりした。この後、写真を撮りながら戻るが尊仏山荘には入らず、すぐに北側をくだり写真を撮る。くだりきってからもう一度登る。登山道から少し入っところに1本大きなシロヤシオがあり、これもビュ−ポイントの一つだ。ここはバックに丹沢山の山腹が入るので写真になるのだ。シロヤシオとミツバツツジが混じりあった場所を探すが、なかなかこれは見つからない。この後、山頂に戻り尊仏山荘で一休みだ。小屋での話題はシロヤシオとミツバツツジのことだ。今日は大倉尾根はボッカ駅伝で賑わっているようなので、くだりは表尾根から書策新道だ。木の又小屋に立ち寄った後、帰途についた。昨年、レンゲツツジを見たあたりを探すが見当たらない。戸沢出会からは朗読坂口安吾を聴きながら歩き出した。なんとも奇妙な物語だがこんな林道歩きでもなければ聴く機会も怱々なかろうと思った。大倉に帰り着いた。
(今回はシロヤシオとミツバツツジの写真を沢山載せましたのでご覧ください。シロヤシオの白がいまいちなのが残念です。レンズはタムロンの28〜300ミリを使用しました。)

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