第355回山行報告 丹沢山(07/1/13〜14)
 今日はどんぐりハウスで味噌汁を頼んでおにぎりを食べる。昨夜は遅くまで起きていたし、今朝は空腹でバスに乗ったせいか少し車に酔ったようだ。木の又小屋は今週はお休みとのことなので、今夜は尊仏山荘泊まりだ。ここで朝食を食べてゆっくり登ってゆこうというわけだ。
 昨年は12月になってからばたばたして山行はお休みした。正直なところ山行の間が空くとだんだん億劫になる。ただ聴くものも溜まってくるし、体重も気に懸かる。歩くまでは億劫でも歩き出せば気分も爽やかとなるだろう。家に居てうじうじしているよりはと出掛けてきたのだ。歩き始めの頃は地図に赤線を塗る楽しみで気力が充実していたが一渉り塗り終わると張り合いがなくった。家内にはもう一度新しい地図に塗ったらとからかわれる始末だ。ただmp3形式のフアイルでパソコンに入っている講演、朗読、文化講演会もそうとうな量があるのでこの大倉尾根通いもまだまだ続きそうだ。9時58分大倉から歩き出した。今日は「近代日本の外交の歩み」の第7回から第12回までの6回分を聴こうというわけだ。とにかくこの大倉尾根は「ながら族」が一番だ。歩き出せば格別のことは無い。ひたすら下を見てイヤ−ホ−ンから流れる池井先生の講演を聴いた。この種の集中力を要するものはこの大倉尾根が最適で、通勤電車では音楽だ。とにかく面白い。
 「堀山の家」でコ-ヒ-を飲んで30分近く休憩した。入口近くに座って聴いていたら、奥のほうからスト-ブのほうにと声を掛けられるが、とにかく面白くてご遠慮した。松岡だ、大島だ、等の名前を聴くと無性に腹が立った。昭和16年に満州奉天で生まれ、5歳で北海道旭川に引き揚げた私としては昭和史を読むたびになんとも名状すべからざる気分となるのだ。おまけに今日は私の誕生日だ。よくぞ生きてこれたものだといささかの感慨無きにしも非ずだ。小草平からは「心を読む心医者入門」(なだいなだ)第1回を聴く。なだいなだ先生が精神科医で小説家であることは知っているが、講演を聴くのは初めてだ。2時10分に花立山荘に着いた。閑散としている。ここでものんびりと講演を聴きながら一休みをした。尊仏山荘泊まりとなると早く着いても仕方が無い等と自分に言い聞かせている。第3回に入ると同時に歩き出した。面白いので疲れは感じない。3時14分に山頂に出た。山頂は閑散としている。尊仏山荘に入って、泊りますというと花立さんは中森さんが登っていないのは既に知っていた。夜は宿泊の皆さんと四方山話だ。
 翌朝5時30分に起きた。今日は久しぶりに丹沢山往復だ。雪が少ないし、富士も見えない。何とかいい写真と思いながらあちらこちらでシャッタ−を押したが、雪が少なくて、どうにも様にならない。何とかいい写真と思っているうちに丹沢山に着いた。ここばかりは一面雪に覆われているが、例年と比べると積雪量は少ない。みやま山荘でコ-ヒ-を飲んで一休みだ。この後、ベンチのところで同宿の人と立ち話をした後、塔の岳に戻った。帰途、日高近辺で鹿を見た。「寒いね。何を食べているのかね。」等と話しかけながら少し近寄り写真を撮らせてもらった。人間が変なことを言っているとでも思ったのだろうか怪訝な顔をしてこちらをじっと見ていた。塔の岳に戻って尊仏山荘で休憩だ。帰りは大倉尾根を「なだいなだ」先生の講演第4回から第7回まで聴きながらくだるので退屈はしない。1時13分に大倉に帰り着いた。こんなありきたりの山行でも家に帰り着いて、お湯につかると、心地よい疲労感と満足感で一杯だ。そんな私の様子が分かるのだろうか、夜、孫に「じいじ、今日はなんだかうきうきしているね」と言われて吃驚した。これが今年の初山行となりましたが、皆様、本年もよろしくお願い申し上げます。

 
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