第324回山行報告 丹沢山(04/11/27〜28)
土曜日、日曜日はお天気がよさそうだ。西丹沢とか北丹沢とか、どこか趣向を変えて出掛けたいが、早起きをしなければならない上、タクシ-を利用しなければならない。そんなことを考えているとだんだん億劫になって、結局、何時もの大倉尾根だ。最近、新潮社から三島由紀夫全集が刊行された。その第41巻は「音声」CD7枚という変わった企画だ。小説はいくつかは読んでいるが、あの尋常ならざる死に方しか記憶にない。この第41巻を購入して、家で聴いてみたが、「青春を語る」、「椿説弓張月」、「悪の華・歌舞伎」はとても面白かった。歌舞伎に関する造詣の深さには驚くばかりだ。そんなことで大倉尾根でじっくりこれを聴くのが楽しみだ。
 大倉のどんぐりハウスでおにぎりを食べる。皆さんどんどん出発される。人影がなくなった。9時20分iPodで「悪の華---歌舞伎」を聴きながら歩き出した。とにかくすごい内容だ。国立劇場歌舞伎俳優研修第1期生のために資料もメモも無しに一気呵成、ほぼ1時間の講義だったという。見晴小屋の手間で終わったが、この後、しばらく話の内容を反芻しながら歩く。ただその造詣の深さというか、学殖の深さというか、とにかく圧倒された。一本松のベンチからは「青春を語る」(対談)を聴く。学習院の中等科、高等科で日本の古典文学を相当に読み込んだことがこうした作品の土壌になっているのだろう。堀山の家の手前の平場に来た。左手西側、鍋割尾根越に冠雪の富士山が見える。山襞も晩秋というのか微妙な陰影を見せる。今時分、山登りをしていると人に話すと時々シ-ズンは終わったのでしょうといわれるが、それは北アルプス等の3000メ−トル級の山の話で丹沢はこれからがシ-ズンの始まりだというと吃驚される。堀山の家、小草平と休憩を取って花立山荘に到着しだ。時計を見ると12時56分だ。30分以上オバ−だ。時間を気にしないとは言いながらもついつい時計を見てしまう。皆さんの話を聞くともなしに聞いていて30分近くのんびりとした。2時間近くも聴いていると少し飽きがきた。ここからはパバロッテイだ。元気をつけて最後のがんばりだ。1時56分塔の岳山頂到着だ。富士山はもうぼんやりとしている。今日は尊仏山荘には立ち寄らず、すぐに木の又小屋に向かった。MさんTさんFさんで薪わりをしている。中森さんはトイレの汲み取りと忙しそうだ。毎年12月15日頃現れる塔太郎が来ている。中森さんの話では右目が少し悪そうで今年の冬が越せるかどうかといっている。直ぐにうずくまっているし、さもありなんと思われる。夕食の後、ランプの下でスト−ブを囲んで皆さんで四方山話だ。この小屋も当分自炊になるという。レトルトのカレ−とご飯は用意してあるので別途購入くださいとのことだ。早起きをしなければと思っていたが、結局、7時過ぎに起きた。のんびりと8時25分に小屋を出た。気温も高いし、写真はだめだろう。塔の岳山頂だ。冠雪の富士山が見えるが,もうぼんやりとしている。みやま山荘が取り壊されて新しい建物が建築されているというが、どの程度まで出来上がっているのかその検分だ。丹沢山に向かう。この時間は音楽も講演も聴かない。ただ無心に歩く。丹沢山だ。みやま山荘が出来上がっている。しかもすでに営業している。小屋の横では公衆トイレの建設が始まっている。土台は出来上がっているが完成まではまだまだのようだ。丁度居合わせた工事関係者の方とひとしきり話をする。札幌から来ているとのことで毎日がレトルトの食事では飽きがきましたとのことだ。ヘリコプタ-で2トン前後の重機や作業員の宿泊用のプレハブを空輸したというから予算も結構掛かるのだろう。この後、新築の小屋の中を窓越に覗いてみる。中で石井さんが手招きをするではないか。中に入れていただいた。木の香りもぷんぷんするし新しい小屋は気持ちが良さそうだ。12月には泊まってみよう。そうすれば久しぶりに焼山の方まで縦走が出来る。この後、竜が馬場で一休みをして歩き出したが、一組のご夫婦の方と塔の岳まで話しながら歩くので退屈をしない。尊仏山荘で一休みの後、表尾根をくだり、書策新道経由で戸沢出会におりた。長い林道歩きでは「椿説弓張月」を聴いた。三島由紀夫という作家は本当に多芸多才な人だったと思う。そんなに早く死に急ぐことがあったのだろうか。もっと生きていい歌舞伎作品を見せてほしかった。前後に人はいない。思わず声が出る。歌舞伎の真似事でいい気分だ。こうなると退屈なる大倉尾根も林道歩きも捨てがたい。


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