第321回山行報告 塔の岳(’04/10/10〜11)
10月に入って右足首の違和感もほとんど感じなくなったし、痛くなったら途中から引き返せばいい。台風一過,お天気もよさそうなので10,11日に久々の山行きを決めた。
 電車に乗る時分にはまだお天気ははっきりしないが、晴れてくるだろうと思った。大倉のドングリハウスで味噌汁を頼んでおにぎりを食べた。辺りを見回しても何にも変わらない。5ヶ月位でそんなに変るはずがないだろうと思わず苦笑した。天気予報とは違って霧雨だ。ポンチョに傘というスタイルで9時45分歩き出した。カンタ−タ歎異抄を聴きながら人がげのない道を歩く。ひたすら足元を見てゆっくりゆっくりと歩く。
 この5ヶ月ずいぶんいろいろなことがあった。Oさん(享年86歳)が亡くなられた。亡くなった私の母と同年配で46年前に我が家が父をなくし北海道から上京し、この方から菓子店を居抜で譲っていただき何とか生計を立てた。同じ町内に住んでいても久しくお会いしていなかった。リハビリで病院からの帰りがけ家の近くでお会いし、一寸お話をしたがお元気な様子であったのに、9月18日になくなられた。弔問にお伺いしたときは安らかなお顔をしておられた。小学4,5年生の子供に挨拶をされたが、ひ孫だそうだ。
 おまけにこの9月29日には後輩のT君が亡くなった。彼は昨年9月に胆嚢の手術を受けていたが、最近まで変わった様子もなく働いていた。7月には職場の仲間同士で伊豆にゴルフにも行っていた。突然の死に驚くばかりだ。彼は事務所の創成期に元の職場から引き抜いて参加してもらった。考えてみるとH先輩と始めた事務所も気がつけば30年を経過した。こんなことを次から次にと思い出す。20名足らずの小さな事務所でこれでY、I、T君と3人の後輩を弔った。そぼ降る雨の中、なんともいえない思いでいっぱいだ。
 堀山の家で休憩だ。汗で蒸れてべったりしている。スト−ブの近くで濡れたものを乾かしながら30分近く休ませていただいた。花立山荘でトン汁を頼んでおにぎりを食べた。時計を見て驚いた。4時間を越えている。とにかく歩きながらいろいろな事を留めなく思い出した。
 塔の岳山頂だ。ガスで何にも見えない。表尾根の肩に行くと、丁度、若い人が登ってきた。木の又小屋が営業していたかどうかを尋ねてみる。人気がなく閉っていたという。今夜は尊仏山荘泊まりだ。コ−ヒ−を飲んで花立さん、大野さんにご無沙汰をした訳を話す。この小屋ではあまり話し相手もいないが、夕食後、2階に上げて隣の方と話だ。富士山を見たくて上田から来られたとかでお気の毒とか言いようがない。残念だ。夜半には星空を期待したいがどうだろうか。10時頃お手洗いに起きるが依然として天候の回復ははかばかしくない。翌朝もガスで視界が利かない。大倉尾根をのんびりとくだるしかない。浄土真宗勤行集を聴きながらくだる。花立のあたりでお勤めが終わったので、趣向を変えてモ−ツアルトのレイクイエムを聴こうと選んだらなんとここで電池切れだ。
この後、花立山荘、堀山の家と入って長めの休憩だ。今回の山行はOさん、T君の追悼をと思いモ−ツアルト、フオ−レ、ベルデイ−、ビバルデイ−、ドボルザ−クとレクイエムばかり5曲も入れてあるのに残念だ。事故の後でもありゆっくりゆっくりくだる。とにかくくだりにはよくよく気をつけなければならない。
 大倉に帰り着いた。花の先生のTさんに会う。元気なようだ。どんぐりハウスでは烏尾山荘の管理人杉田さんに会う。練馬に帰るという杉田さんと車中話しながら登戸までご一緒するので退屈をしない。
追記 何とか元気に歩けるようになりました。ここしばらくは仕事に追われそうすですが、ひと段落すれば変わらず歩けそうです。ご心配をいただきました皆様に心から御礼申し上げます。また丹沢でお会いしましょう。



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