第317回山行報告 塔の岳(’04/4/3〜4)
 大倉の休憩舎で朝食だ。家では起き抜けで食欲がない。電車の中で人の目を気にして食べるのは落ち着かないのでこのところ「どんぐりハウス」で味噌汁を頼んでおにぎりを食べている。mp3プレイヤ−の「カンタ−タ歎異抄」を選んで、のんびりと9時30分歩き出した。これは10ギガの容量があるのでモ−ツアルトばかりでなく「戦艦大和の最期」(朗読)、歎異抄(朗読)はじめ室生犀星、中原中也、萩原朔太郎、高村光太郎、草野心平の詩集などいろいろなジャンルのものが入りだした。昔、コンポが流行ったおり映画音楽大全集(LP20枚組)とかホ−ムミュ−ジック大全集(LP20枚組)などを通信販売で購入した。たいして良いものがあるわけではないが捨てもせずに取ってあった。休日、雨が降って山歩きがままならないときはデジオンエキスプレスというソフトを使ってデジタル化している。ビットレ−トも64程度にしているのでどんどん収録数は増やせる。ビ−トルズはCD2枚分、ブラ−ズフォアはLP2枚分圧縮して入れてあるが、山歩きにはあわない感じだ。南アルプスの仙水小屋は山登りにはワ−グナ−だといって朝送り出してくれるそうだ。とにかくどれを選ぶか迷う。知人の訃報を聞いたときなどは文句なくモ−ツアルトかフォ−レのレクイエムだし、丹沢山から塔の岳へ向かう時に明るい雪道で聴いたモ−ツアルトのピアノコンチェルトは心に残った。あれこれ迷ったが、結局、このところ何回か聴いているカンタ−タ歎異抄だ。家でお経などをかけるといくらこれは音楽だといっても家人には嫌がられる。まして声など出して唱和しようものなら家内も娘も2階に上がってしまう。どうも死とか葬式とかを連想するのだろう。でも私の信心している真宗は死を通して生を考えることがその本質ではないかと思うのだ。亡くなった母にかって元気な頃、そんなことを講釈したら強烈なまっぜ返しにあった。この大倉尾根を登るのはこんな暇つぶしが目的かもしれない。歩き始めの頃は丹沢のあちらこちらを歩いていた。その頃、この大倉尾根を何度も歩くなんてことは考えもつかなかった。大体丹沢全図を赤線で埋めるとなんとなく渋沢に来て、大倉に向かい大倉尾根を登るというのがこのところの習慣だ。ただ丹沢でもまだまだ歩きたいところが幾つもあるが車の利用とか単独では気が重くなって躊躇してしまう。木の又小屋で知り合ったFさんが声を掛けて下さいといってくれているので甘えて車に同乗させてもらえれば鬼が岩北東尾根や途中まで登って時間切れで引き返した市原新道を歩いてみたいものだ。
 雑事場ノ平、一本松、堀山の家、小草平と何時ものとおりのペ−スで歩いて花立山荘に12時5分に着いた。一升瓶の重さを少し感じたが所要時間は2時間35分だ。この歳にしては上出来だろう。今日はとん汁がある。おにぎりを食べて小休止だ。5分程度の小休止で登れば塔の岳山頂には3時間前後で着けるかも知れない。ここのトン汁でおにぎりを食べるというのが捨てがたい魅力だ。この後、格別のこともなく山頂に着いたが2,3人いるだけで閑散としたものだ。尊仏山荘でコ−ヒ−を飲んで一休みの後、表尾根に向かったが、ここも閑散としている。木の又小屋だ。夕食まであたりを歩き回って写真を撮ったがとても絵にならない。食事の後、一杯飲んで中森さんと四方山話だ。寝る前に外に出てみると満月で星も見える。一杯入っているので良い気分で布団にもぐりこんだ。
 翌朝、7時40分目を覚まして窓を開けて驚いた。外はガスって一面真っ白ではないか。思わぬ春の雪だ。ただガスっいるので写真にはならない。のんびりと朝食を食べた後、小屋を出た。塔の岳、金冷シから鍋割山稜に入って鍋割山、後沢乗越、西山林道と歩いて大倉に戻ったが、大倉近くの農道で4,5人のグル−プに会っただけで、本当に静かな山歩きだった。里は桜、山は雪。

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