第315回山行報告 塔の岳(’04/2/14〜15)
 2月16日から3月15日まで仕事が忙しくなるので山歩きどころではない。その前にしばしの暇乞いをしておきたい。大倉の休憩舎どんぐりハウスで味噌汁を頼んでおにぎりを食べて、10時に歩き出した。こんな遅い時間では前後に人はいない。泊まりとなるとのんびりとしたものだ。いつも通りの決まったペ−スで歩いてきた。音楽も終わって空白の時間がおとづれる。ひとしきり歩いて一本松のベンチにザックをおろすと、前後して30代後半と思しき人が来られ立ち話だ。この後、すぐにこの方と話しながら歩き出すので退屈しない。毎週日曜日にこの大倉尾根を登っているとかで80回になるそうだ。山頂まで2時間30分で登るというから大変なものだ。花立山荘の前で別れた。彼は休まず山頂を目指す。こういう登り方でなければ山頂まで2時間だ。2時間30分だ。というわけにはいかないだろう。私はもう年だし、無理はしない。それでも小屋で壁の時計を見て驚いた。12時34分だ。大倉から2時間35分だ。これまで3時間前後の所要時間が30分近くも短縮された。いつものようにここでトン汁を頼んでおにぎりを食べた。2時間だ。2時間半だ。という話を聞くと気が急いてあまりのんびりも出来ない。食べ終わって、早々に小屋を出た。金冷シのかなり手前でくだってくる彼に会った。何時もは日曜日に日帰りで大倉尾根を登っているそうだが、この大倉尾根はこういう登り方をする人が何人かいて400回だ、1000回だというのだから驚くばかりだ。金冷シから先は泥んこの道だ。山頂には人影はないし、富士は靄って見えない。木の又小屋が開いているのか気に懸かるので今日は尊仏山荘に入らず早々に木の又小屋に向かう。相変わらず表尾根は泥んこ道だ。木の又小屋に入ると中森さん、Tさんが泊まりというが姿が見えない。どこかに遊びに行っているようだ。今日の泊まりは8人組の予約があって今のところ10人だそうだ。夕方から雲行きが怪しくなる。夜、強い風が吹き、雨は間歇的に降ったりやんだりだ。雷が鳴る。春雷というやつだ。これが春一番というのだろう。でも明日は大丈夫だろう。座敷では8人組がにぎやかだ。気を遣っていただいているようで差し入れがある。Tさんと3人でスト−ブを囲んで四方山話だ。中森さんから渋谷さんが県警のヘリで日赤病院に収容された経緯を聞いた。渋谷さんというのは書策小屋の主、渋谷書策さんのことだ。この2月末で88歳になるという丹沢の名物小屋番だ。2年3ヶ月小屋にいて何時おりるのかというのが丹沢に登る人達の間で話題になっていたのだ。こんな長期間一人で小屋で生活できたというのも下の戸沢山荘の常連やこの小屋で時々会う女性のHさん達がサポ−トしていたからだ。小屋の中で歩くのもままならなくなっていたようで病院に収容されたと聞いて関係者はほっとされたであろう。朝起きると上天気だ。木の又小屋を出て塔の岳に向かった。山頂では富士が迎えてくれた。早々に尊仏山荘に入り小休止だ。客は出発した後で閑散としている。花立さんや大野さんと渋谷さんの話だが、こうしてひとつづづ歯車が回ってゆくのだろう。今日は久しぶりに小丸尾根をおりよう。金冷シから鍋割山稜に入った。明るい陽差しの中、人影のない山道を歩く。「三寒四温」という言葉があるが、この言葉が実感できた。小丸尾根は斜面をつづら折れにおりるのだが、その端に来るたびに富士山が鍋割山越に見える。くだるにつれて時折登る人に会いだす。この尾根の末端にはもみの大木が幾本もあり、ここを通るときは何時もその木の見事さに感心している。おりた二俣にはこれから登る人がまだ何組かいる。朝帰りは楽なものだ。西山林道はmp3プレイヤ−を聞きながら歩いたので苦にならない。大倉の休憩舎近くでふっと気がつくと車道の傍らの梅の木が満開だ。来月15日過ぎに来る頃はすっかり春の装いになっているのであろう。無人スタンドで野菜をザックに詰めこめるだけ買った。(2/16から3/15まで山歩きはお休みとなります。)


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