第295回 塔の岳(新雪に覆われ割山稜(’02/12/14〜15)
 吉田満著「戦艦大和の最期」(初版は昭和27年8月、私の蔵書は同年9月の再版だ)は何度も読んだ。NHKの朗読の時間で放送されたのか、これが4巻のカセットテ−プになって出ていて、以前、これを手に入れて何度か聞いている。しかし、収録時間4時間、全巻を通して聞く機会はなかなかない。最近、MP3プレイヤ−を買ったのでコンピュ−タの音楽ソフトを利用してアナログからデジタルに変換した。モ−ツアルトのCDも80枚近くMP3形式に変換した。これならどこででも聞ける。大倉尾根を登るときこの「戦艦大和の最期」全巻を通して聞こうというのが今回の山行だ。
 9時50分大倉から歩きだした。イヤホ−ンを耳にひたすら下を見て聞いて登ってゆく。
「昭和19年末ヨリワレ少尉(副電側士)トシテ大和ニ勤務ス・・・・・・・・」から始まる文語体で綴られた大和出撃から轟沈、生還までの記録だ。こんな風に山道を歩きながら聞くには重い内容で、時折、名状しがたき気分で立ち止まる。
 1時に花立山荘に着いた。いつものようにとん汁を頼んでおにぎりを食べる。食べ終われば早々に出発だ。花立から雪に覆われ出す。青空を背景に雪に覆われた塔の岳を見る。完全なる冬山モ−ドだ。2時に塔の岳山頂だ。一面雪に覆われている。いつものように富士山が迎えてくれた。とにかく尊仏山荘でコ−ヒ−だ。寒い所為か小屋の中は休憩の人で一杯だ。階段の上がりぶちに腰を下ろしてコ−ヒ−を飲んだが、これでは早々に退散するしかない。
 表尾根を下り今夜の宿木の又小屋に向かう。いつものように表尾根のほうが雪が多い。
「徳之島ノ西方20哩ノ洋上、「大和」轟沈シテ巨体四裂ス、水深430米、今ナホ埋没スル三千ノ骸、彼ラ終焉ノ胸中果シテ如何」第4巻の本文が終わった。続いて著者の「あとがき」だ。
 著者は「この作品の初稿は、終戦の直後、ほとんど一日を以って書かれた。執筆の動機は、敗戦という空白によって社会生活の出発点を奪われた私自身の、反省と潜心のために、戦争のもたらしたもっともなまなましい体験をありのままにきざみつけることにあった。」と述べている。本では巻末に吉川英冶、林房雄、小林秀雄、河上徹太郎、三島由紀夫ら当代の錚々たる小説家や評論家がの跋文が掲載されている。
 翌日は小屋を出て塔の岳に向かう。富士山が迎えてくれるが写真を撮るもとても素人の手には負えない。このあと鍋割山に向かう。今日はモ−ツアルトだ。明るい陽射しの中、雪の山稜を歩く。モ−ツアルトの軽快な音楽に昨日とは打って変わって心も軽くなる。鍋割山のくだりも長い林道歩きも退屈をしない。
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